夢の狭間に落ちる
TOPルネサンスの風



・・・夢の中でこれが夢だと分かっているなんていう、
おかしな話をこれまで信じたことなどなかったのだけれども、
ああ、これがそうなのだと、今は思う

そんな夢をいつも見ている

夢解きを生業とするような占者ではないから、
この夢が現実にどんな影を落とすのか、
気にならないではないのだが、それを知る術はない

いつも、似た場面をつなぎ合わせたような、
つぎはぎの世界を行き来している

そしてその行き来の狭間に落ちて、日々を暮らした後にまた、
夢の中にその身を滑り込ませる

そして、ああ、これは夢なのだと思う
夢の中でこれが夢なのだと思う、そんな不思議
夢だと意識したら、目覚めるはずの

それを目覚めることなく、見ている

ああ、これが、夢を意識して見ているということなのかと、思っている、そんな夢

どこまでが夢なのか、それはもう、思い出す必要のない
最後に覚えている現実を、今、手放すのかもしれない


その日、とてもとても愛しい、大切な誰かのために出かけたのだと思う
何をすれば喜んでもらえるのかを考えながら歩くというのは、
とても足取りの軽いものなのだと知った
美しい、とても美しいぼたんの咲き誇る庭を横目に、ああ、美しい花を選ぼうと思った

街は雨上がりの輝きで、眩しいくらいに空気が澄んでいた
石畳のこの街並みは、雨上がりが似合う
少しばかり路面が滑りやすくとも、それは気を付ければよいだけのこと
複雑な街区をいくつも連ねた街並みは、中世の頃から変わらないようだが、
そんな面倒なことはどうでもよかった
ただ、照り光る雫が、この上なく上機嫌な心持ちをさらに浮足立たせた


だから、どこかで何かを切り裂くような、
この街にふさわしいとも思えない悲鳴にも似た甲高い音を耳にしても、
身に降りかかる何かだとは思いもしなかったのだろう


あやふやなシーンが、夢に泳ぐ魚のように動いていく
体から力が流れ出ていくのに身を任せるほかはなく、
それからずっと、今まで、どこかに身を横たえている

その場所を思うほど、確かな想いは今はない

ただ、時折大切な誰かが傍らにいるように感じる

寝ていただろうか起きていただろうか
すべて現実と夢の狭間


体は動かない
植物でもまだその身をよじらせることができるだろうに
心がまともであるか知らない
人が、考えることができる力を持つというのは残酷だ
だから、
これは夢の中の出来事


何か体中に管がつけられて、規則的な音がわずかに響く



ときどき柔らかな重みを感じて、感触というものを思い出す
瞳が海に落ちたようにじわりと濡れる
ああ、感情というものは瞳から溢れるものだったのか

否、溢れるというのであれば、それはこの身に残っていたもの
すでに失っていたはずのものが、流れるはずもないのだ
最後の雫が鼓動とともに落ちていく




・・・ねぇあなた、聞こえている?
あなたのことだから、きっと、こうしてほしいって思っているのだと思うの
大切な、大切なあなた

心は動かなくても、鼓動があるというのは、とてもとても悲しくて、
受け止められるとは思えなかった

だけど、きっと、誰かのためにって思うあなたのことだから
こうすることを喜んでもらえると思うわ


心がなくてもあなたは私の心にずっと、ずっと生き続けるの
そして誰かのためにちょっとだけ、出かけていくだけ
足取りはきっと軽いわね
誰かが喜んでもらえる人がいるなら


涙も枯れてしまったかと思ったけれど、だめね
あなたに、最後の雫を落としてしまうなんて


最期まで、あなたの鼓動を感じているわ






・・・事故から数カ月
移植手術がつつがなく、取り計らわれた

脳死と判断された彼女の夫に、
まだ意識があったことは誰も気付くことはなかった